どうして学校にいかなくてはいけないのか
僕

どうも@@@です。今日は結構まじめな話をしますよ

学生の自殺率が一番高いのは新しい学年に上がった時や、夏休みなどの長期休暇が終わる頃だと言います。

人間関係や学業のストレス、もう嫌になって全て投げ出したい人がたくさんいる世の中。

「どうして学校にいくの?」

「学校にいかなくちゃいけないの?」

なんて悩みを僕と一緒に解決していきましょう。

このブログはこんな悩みを解決するよ
  • どうして学校へ行かなくてはいけないの?
  • 学校の勉強って何の役に立つの?
  • 学校に行かなきゃダメ?
  • 学校に行くメリット
  • 学校をやめようかと思ってる人へ
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どうして学校に行くの?

多くの学生がなぜ行きたくもない学校に毎日朝から通わなくちゃいけないのか悩んでいると思います。

ただ小学校、中学校までは義務教育と言われていますが、学生たちには学校に行く権利はあっても、学校に行かなければいけない義務はありません

しかし、学生の親たちは自分の子供を学校に生かせる義務があります

多くの親はその義務を果たすために自分の子供に「学校に行きなさい」と言いますが、実際のところ義務なのはわかるけどどうして子供が学校に行けばいいのかわからない親はたくさんいると思います。

それ故に子供の「なぜ学校に行かなければいけない?」の質問に答えられず、頭ごなしに「いきなさい」とか「将来立派な職業に就くため」とか説得力に欠けるセリフしか吐けないのだと思います。

一般常識を学ぶため

ここでいう「一般常識とは」人々が社会を生きる上で必要な「マナー」だったり、「会話をする上での最低限の知識」、「相手に配慮する必要のある気遣いや心持ち」などを表します。

学校では学校生活を豊かにするための「ルール」があります。

このルールは「言葉遣い」や「気持ちの伝え方」など自分以外の誰かとの共同生活を円滑にするためのものです。

小学校以前は自分たちが好きなように好きなだけ遊んで過ごしてきましたが、大人になると多くの人達は社会という世界に身を置き、学生時代以上に色々な人たちと関わることになります。

その時に幼稚園のように自分の赴くままに遊んで、人の話も聞かずに好きかってやっていると、この社会という世界から追い出されてしまいます。

社会にでた際は、社会のルールに適応できるように私達は学生時代に多くのルールやマナーを実際に体験し、経験を積み重ねて学ぶことになります。

つまり学校とは社会に出るための予行練習場ということになります。

自分以外の人間がいる事を知る

共同生活を円滑に行うためにまずは「自分以外の人間がいる」ことを学ばなければいけません。

「そんなの当たり前じゃないか」

と多くの人が思っているようでわかっていない人がいます。

世の中で暮らしていくうちに必ず自分とは違う意見を持つ人と会うことになります。そういう人達とあった場合、「自分以外の人間がいる事を知っている」にもかかわらず、不快感をあらわにしたり、違う意見を持つ人と対立したりします。

100%全員と意見が一致する事はない

学校では朝の会や委員会、クラブ活動、授業内ディベート、テストの答えなどたくさんの話し合いの場があります。

そのどれにおいても全員の意見が自分と一致することはまずないでしょう。

率先してやりたがる積極的な人と内気で消極的な人。テストの答案だってみんな違います。

そんな人たちを見て自分と他人との違いを知り、その上で生活する事を学びます。

それを学ぶことができないまま社会へ出ると、「意見が違う」=「嫌い」だったり、頭ごなしに相手の意見を否定したり相手の気持ちに配慮することが出来ずに喧嘩や、揉め事に発展する人がたくさんいます。

学校の勉強がなんの役にたつの?

学校といえば勉強しにいく場所と考えるのが普通でしょう。

「勉強しないと将来困るよ」とか

「いい会社に就くためにたくさん勉強しなさい」とか言われた事はあると思います。

でも、

「いい会社につけなくてもいいなら勉強しなくていいの?」

「学校の勉強がなんの役に立つの?」

の質問には答えれる人は少ないのではないしょうか、、、

僕も学生時代このような事を自問自答していた時期があります。

その中で自分の中でなんとなく見つけた「答え」みたいのがあります。

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「学校の勉強に意味はない」あるのは勉強の仕方

大人になってから思うのは

「学校で学んだ事を大人になって使う事はほとんど無い」

それは自分が学生時代に考えたことでもあるし、大人になってからもそう思います。

その道の専門家になる人は学校で学んだ事を土台として使うのかもしれません、簡単な漢字や数学はスーパーや街の看板を見かけた時、日常生活の中で使うのかもしれません。

実際大人になって使うのも小学校低学年で習った算数と漢字ぐらいですしね。

しかしこれはあくまで先ほど話した「社会を生きる上での一般常識」の範囲であって、学業という点については必要なかったと思います。

この最低限の一般常識は本気を出せば1年で学べるのでその他の教育はいらなかった気がします。

しかし、大切なのは「学び方」を学ぶ事だと思います

それまで実際に体験し、身体を動かし学んできた幼少期と比べて、成長するにつれて体ではなく頭を使い考えて学んでいくことになります。

結局何がいいたいの?

つまり、学校ではそれまでの学び方からすこし変わって、私たちが将来新たに学びたい分野ができた時の「学び方」を教えてくれます。

目標ができたときに「何を学べばいいのかわからない」と悩んだり、

「基本中の基本がわからなくて参考書を読んでもわからない」と悩んだりしないように学校では実際に勉強しながら「勉強する方法」を教えてくれます。

勉強の内容自体に意味がなくてもこの「勉強する方法」、「学び方」は将来本当に自分が学びたい分野ができた時の土台となってくれるため、大切であると言えます。



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