父さんがユーチューバーになった話その①
みなさんこんにちはshitty dadです
いいえ、@@@です
shitty dadってだれ?

いきなりですが、

僕は幼いころに両親が離婚しています。

本日は記憶をさかのぼって当時の話でもしていこうかなっておもいます。

というより次に書くためのブログのプロローグを描いていたら、

長くなりすぎたので別記事として更新した次第です。

スポンサーリンク

ゲームボーイアドバンスにつられて引っ越した。



ある日学校から帰ってきて玄関の扉を開けると玄関から続く廊下を

叔母が掃除機をかけていました。

「人の家を掃除するなんて律儀なやっちゃな」

そんなことを考えながら家に上がろうとすると、

「今日引っ越すよ」いきなり僕にそう言いました。



引っ越しと恋愛ってのは急いではいけない。

じっくりと入念に下調べをし、

近隣の住民、日当たり、便利の良さ、

そういった条件をくまなくチェックして決める。

昨日今日そこらで決めたような新居では不安がある。

まぁいったん落ち着いて話し合おう。

今夜は飛び切りいい酒を用意してある。

胸ポケットから取り出したダビドフの煙草に火をつけカミュをかたむける。

あぁなんてハードボイルd、、、



叔母「お母さんがGBA(ゲームボーイアドバンス)買ってくれてたよ」

ロリ僕「何を手伝えばいい?」

そんなこんなで引っ越しは唐突に起こりました。



母親と子供三人、叔母さんも手伝ってくれた引っ越しがひと段落がしたのは夕方のことです。

まだ5時だというのにあたりはすっかり暗くなり、

僕のGBAの明かりだけが@@@家唯一の光でした。

電気買っとけよ

知らされた離婚・知らされていない誘拐

知らされた離婚

「冷蔵庫とか家電製品買いに行こっか!」

確か前の家で使っていたやつはまだ壊れてはいないはずなのに、

貧乏@@@家の長たる母がまだ使えるものを残して新しく買おうなんて、

何かがおかしい、、

姉二人は徐々に引っ越しの意図を察し始めました。

僕はキモリかミズゴロウかで迷っていました。



「.......パパは?」

二番目の姉が恐る恐る母親に尋ねる。

「パパはね、、、もう帰ってこないの、、、」

もう戻れない。

僕はミズゴロウを選択しました。

引っ越しといっても元の家から歩いて10分ぐらいでして、

ミシロタウンとコトキタウンぐらい近いところに位置します。

ただ違うのは道中オダマキハカセがポチエナに襲われているかいないかの違いです。



ただでさえお金のないうちが引っ越すなんて離婚以外考えられないわけですが、

姉は母親の言葉にショックをうけつつも、

心配させまいと涙を浮かべ

「そっかぁ」

と一言そうつぶやきました。






沈黙の車内にバトルBGMが流れる。


103番道路。ライバルとの初バトルです。



そんなこんなでその日から僕たち家族の新しい冒険はスタートしました。

知らされてない誘拐その①

僕のミズゴロウもヌマクロー、ラグラージと進化していき、

えっそんな見た目になるとは知らなかった、、と期待を裏切りつつ

サイクリングロードでライバルにぼこぼこにされたり、

カイオーガ倒しちゃったり、

チャンピオンロード手前でミクルにやられて入口前に飛ばされたり、

いろいろありましたが、

どうにか四天王を制覇するのも時間の問題と思われている頃です。

僕たち子供三人は母親に内緒にしていることがありました。

母親が仕事で外出中の時に父親が家に遊びに来ることです。

母が父親から逃げる(離婚)ときに父親から言い渡された条件があります。

  • 家は近く、場所を教える
  • 子供とは合わせる

後から聞きましたが、もともと父親の借金が原因で別れた離婚だったらしいです。

離婚時の決め事としては「養育費を払う」を条件に母親もその条件を飲みました。

しかし、離婚後子供と離れてから徐々におかしくなり始める父。

母親の携帯になりやまない「○ね○ね」メールと家庭訪問。

振り返ってみると当時の母親はすでにひんし状態だった気がします。

ちなみに「かいふくのくすり」を使うのがもったいないタイプの僕は

母親に「たべのこし」をもたせてなんとかHPを少し回復させることしかできませんでした。

そんな母親のつらさに気づくことのできない子供たち。

毎日母親が外出した隙に父親と連絡をとりあいお家で遊んでいる日々を過ごしていました。

母親からすれば自分に「○ね○ね」メールを送り、仕事場に邪魔をしに来て、脅迫をしてきた本人が、

自分の家に上がっていることをしったら発狂すること間違いなしです。

この頃の僕は時間の問題とおもわれていた殿堂入りを果たし、

113番道路で捕まえた色違いパッチールを育てることに夢中でした。



マジで時間の無駄でした。

ある日いつものようにうちに来た父親がうれしそうな顔をしてこう言いました。

「ママに許可貰ったからみんなで市民プールにいくぞ!!」

姉二人は大喜びです。

いままでお忍びで遊んでいた関係、

事務所を通して公認となったわけです。

これならば文春砲も怖くはない。

姉たちは意気揚々とプールに出かける準備をしました。

女ってのは馬鹿なほうがいい。

惚れた女が一生馬鹿な笑顔でいられるような世界をつくりたい。

胸ポケットから取り出したダビドフの煙草に火をつけカミュを傾ける。

あぁなんてハードボイルd

悪い予感がしました。

しかし、プールにはいきたい。


ロリ僕「本当にママはいいって言ったの?」

「そうだよ、さっき連絡を取った」

ロリ僕「嘘だったら嫌いになるけど平気?」

「大丈夫だよ、パパを信じて」

ロリ僕「そっか、信じるよ!!パパ大好き。」

僕はプールに行く支度をしました。






ただ一つ父にばれぬよう母に置手紙を残して。

実の父を信じる気ゼロよ彼、、、

知らされていない誘拐その②

プールは夏休みによく行く近くの市民プールでした。

休みの日だけあって大賑わい。

僕も思う存分楽しみました。

プールで近所の友人とも会い、時間がたつのを忘れて休日を堪能しました。

そろそろ日が沈んできた頃

館内放送が流れました

「@@@さま@@@さま、お母さまが1Fの入り口でお待ちです。」

記憶が定かではないのですがたしかに僕の名前が呼ばれました。

その時父親のほうを確認しましたが、彼は目を合わせてくれませんでした。

草むらでしたら一方的にバトルが始まるところでした。



まだはしゃいでい遊んでいる姉を置いて、

僕は母親のもとへ向かいました。

「手紙、見たよ。お姉ちゃんたちは?」

ロリ僕「まだ遊んでるよ」

「帰るよ」

ロリ僕「パパにいいっていったんじゃないの」

「そんなわけないでしょ」

ロリ僕「ですよね~」

なにがなにやらわからない姉たちを連れて僕たち家族はお家に帰りました。

帰りに父は「これでみんなでアイスでも」って1000円を渡そうとしましたが、

その前に養育費を払ってくれとの母親の気持ちを読み取り、

アイスを買うことはしませんでした。

お金はポケットに入れました。

家に帰ると再び沈黙の時間が流れます。

ひでんマシンのフラッシュを使えたらと心の底から願っているほどに真っ暗な部屋。



姉二人は正座をしていました。

いままでの悪行がばれてしまったようです。

母親は泣きながら家中に塩をまき

「どうしてママが頑張ってるのに裏切るようなことするの?」

そんな風に泣いていました。

母が仕事を終えて帰ってくると家に誰もいない。

この時ほど焦ったときはなかったといいます。

大好きな子供、そのために頑張って働いて、

つらい思いをして、父からの脅迫にも耐え、

それなのに子供はその脅迫者本人と遊んでいる。

これほどまでに苦しかったことはなかったでしょう。

学校でうんちをすると馬鹿にされるからって帰宅途中も我慢しながらもぞもぞ歩いて、

家に着いたら鍵を持っていくの忘れた。

あぁどうしよう、すでに股間は臨界点突破。

そんぐらいつらかったと思います。

今の例え必要?

そんな股間に限界を迎えた母が唯一見つけた置手紙。

「パパとプールにいってくる」

この手紙でどれほど母は救われたでしょう。

そしてどれほど父を憎んだのでしょう。

なんとか居場所を突き止めてプールにきた母でした。

「夜には返すから」

そんな軽い気持ちで連れ出したのかもしれません。

しかし母には通用しなかった。

子供たちに今後一切の父親との接触を禁じました。

スポンサーリンク

父親から逃げる日々

急きょ父親とのエンカウントを禁じられた@@@達。

昨日までは父親のバイクの音でワクワクしていた日常。

バイクの音がした瞬間窓から見えない位置に隠れる日々が続きます。

電話から聞こえてくるカエルの鳴き声のマネ。

留守電に気づいた母親が父だと気づかないように子供たちと父で決めた暗号のようなものです。

いつしか彼女たちにとってトラウマになるであろう

「ゲロゲロ」の声

40超えたおっさんの

「ゲロゲロ」の声

酔っぱらって会社の軽トラを炎上させたおっさんの

「ゲロゲロ」の声

子供ってのは純粋なものです。

一度悪い人だと母に言われたらそう思ってしまいます。

毎日訪問する父から逃げる日々が続きます。

父も父で逃げられた原因が母のせいだと逆恨みして、

仕事場やメールでの脅迫がエスカレート。

言っときは警察に相談したり、裁判所に頼んだりしましたが、

特に効果はありませんでした。

ただでさえ貧乏で働かなければいけない母にそんな時間もありません。

この逃亡生活は僕らが小学校を卒業するまで続きます。

消息不明の父親から来た手紙

ある程度の月日が経ってくると僕らも父親におびえることなんてなくなって

「あっそういえばこないだの帰り道あいつみたよ」

「フィリピンパブにいそうな人と車に乗ってた」

なんて会話もできるようになりました。

相変わらず母親の前では父の話はご法度ですが、

毎日を生きてます。

離婚の時にせめてもの情けで勝て貰ったゲームもそのあと買ってもらうことはなく、

クラスのみんながSP→DS→wiiと成長してる中、

僕は一人GBAをやっていました。

そんな貧困な僕たちにも年に一度の収入があります。

父からのお年玉

別れてからというもの、

母親に養育費を払わず逃げた父親ですが、

毎年1月1日になるとポストにお年玉が入っています。

「ポストに入ってるってことはうちに来てるってことでしょ気持ち悪い」

そんな母親の戯言を無視して僕らはよだれを垂らしてお金に飛びつきます。

お父さんからは5000円、父方の祖母からは1万円。

ありがたい収入です。

お年玉がある限りは彼を父と認めてあげよう。

現金なやつです。

来なくなったお年玉

中高校生になるにつれて、お年玉がくる年とこない年がでてくるようになり、

最後は全くお年玉が来なくなりました。

ええ、父は破門です。

父から見ても小学生以来まともに話していない息子娘たちに、

お金をやるのがもったいなくなってきたのでしょう。

この頃の僕たちはアルバイトができるので

すでに父親は用済みです。

GBAとともに父との思い出はツタヤに売ってしまいました。

父から来た手紙

というようにツタヤで売ってしまった父との記憶をさかのぼってきた今回のブログですが、

今年の正月にポストにこのような封筒が入っていました。

ええ、間違いありません。

名前は伏せさせてもらいますが、姉と三人分のポチ袋。

これはもうお年玉でしょう。

ポチ袋に入ってますし、これはもうお年玉でしょう。

数年ぶりのお年玉に心ウキウキして開封しました。

開封した話はまた次回です。

【続く】



スポンサーリンク

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事